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あわてる乞食はもらいが少ない 2 記事No.2816

2010-04-13-Tue  15:13:08

天中殺という言葉は、私の中に強烈に残っている。
今は、細木数子がこの言葉を継ぎ、殺界と言う言葉で世を征したが、もともとは
彼、和泉宗章のこの言葉が初めである。

やってはいけない年がある、というこの概念はさらには、四柱推命という中国古来の占いから来る。
これらに命名し、広めたのは、彼である。

今、なぜ彼を思い出すのか。

彼は、天中殺をひっさげ、それをまた11PMの大橋巨泉があおったものだから、なおさら
それは広まった。

天中殺に新しいことをすれば、命に関わる。
脅しににたこの予言は恐怖を追い風に絶大なブームを起こし、そして、彼は言った。
天中殺に巨人軍監督になった長嶋は80年2月までに辞任する。

彼は、占い師生命を賭けて、この予言が外れれば、自分は占い師を辞めると言い出したのだ。
長嶋は監督を辞めたがそれは、80年のシーズンが終わってからだ。

彼は、潔く占い師辞めると当時に、占い師に反旗を翻し、それと徹底的に対抗した。
占いは当たらないと。

彼の行動は本当に、良いも悪いも、極端であった。
しかし、記憶に残る。

私が、彼のことを忘れないのは、しかし、このためではない。

彼は、生前言っていた。
天中殺に新しいことをしてはいけない。
そのあと、悲劇が起こる。
もし、その過程で、富を築き上げたのなら、それ相応の悲劇が起こり、それは命に関わる。
もし、天中殺にそのようなことになれば、・・・・・・・・

彼はなぜ、全てを捨てて、富も名誉もすてて、この業界から去ったのだろう?
細木数子がTVから消えたときも、私は彼を思い出した。

そして、ずっと同じ考えが頭を巡っていた。
彼は、なぜ辞めたのか。

もしかすれば、彼はまだ天中殺を信じていたのではないだろうか。
彼は、きっと天中殺に成功した。

彼は言っていた。

もし、天中殺にそのようなことになれば、逃れる方法はたった一つ。
天中殺に築いた富をすべてはき出すことだ。

彼はきっと、富をわざとはき出したのだ。

いまでも、これらの占いは、良いものだと思っている。
なぜなら、これらの占いは、統計を元にしているからだ。

まあ、科学と数学と統計と、それに四柱推命を仲間として入れるのは抵抗があるが、
どこかで、私たちは天と地の境目を認めなければならない。

それらをクッションとして、私たちの人生がつながっていくからだ。
それなくして、決して100年以上生きられない人生を、数えることはできない。
生物科学は、毎日生きていられる日が、少なくなることを教えてくれるだけだからだ。

すべてはつながっている、相場もそうだ。

してはいけないこと
してはいけない日がある。

富も運もはき出して、それが吉となることもある。
儲けたのに、損をした。

そのことに捕らわれてはいけない。
そのことに捕らわれてはいけない。

そのことに捕らわれてはいけない。

相場を愛するなら、間違いを受け入れなければならない。
相場も、人間も、そして、システムトレードも間違いを起こす。

それらを叱るのではなく、許し、そして正すだけだ。

長いドローダウンも、不運な時も、どこかで、反対のエネルギーは溜まっている。
褒められて得なことはない。

相場は、あまりに深く、それは自身の鏡ともなる。

あわてる乞食はもらいがすくない

時を求めすぎてはいけない。
それは、ひとつひとつ、人に与えられる時だ。
相場もその時がある。

日経225先物 日足
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現在、ブルーゾーンに入っている。
ここを抜けるまでは、待ってもよい。
たまには待ってやることだ。
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あわてる乞食はもらいが少ない 1 記事No.2815

2010-04-12-Mon  11:09:59

小さい頃、親戚の家が大宮にあった。
品川から大宮まで時々、家族ででかけた。
父の妹は埼玉一の富豪に嫁ぎ、その大きな屋敷に向かうためだった。

タクシーを常用して、ドア ツー ドア であったが、小さな子供にとっては
2時間近くがなかなか我慢できない。

自分はまだ小学校の低学年であったが、10分ごとに、父にあと何分?と聞き
いい加減に静かにしなさい、といわれた記憶がある。

このことを思い出したのは、学生のころ日興證券で、授業をサボって
一日中、朝から  Quick をたたきに 店頭に向かっていた時だった。

いくらたたいても株価は変わらない。
しかし、たたき続ける、変わった客だった。
その時に、同じだ。自分は変わっていないんだ、そう思い出したのだ。

そんな自分にいつも言い当てられた格言は、
あわてる乞食はもらいが少ない
だった。

その後、株式市場に身を置くことになって、ようやく、この意味がわかってきた。
その通りだ。

NYダウ 日足
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きっとよくよく強気になりたいところであるが、すべての指標がすでにタイミング超過の状態だ。

NYダウ自体は、調整を入れない高値取り。
かといって加熱感がないので、売り方もまだ手をださない。
テクニカル指標も、いつ下がってもいいよ、とはいっているのものの、上げにはあまり抵抗しない。

一方、これらを支えてきたドルも、ユーロも、歩調を合わせたままで、なにも決定打がない。

理由なき上昇は続くことがあるので、買いに行きたい投資家と、ポジションを持たなければならない
運用者は、少しずつ買いを入れる。




買いたい銘柄はもう決まっている。
しかし、待つ。

投資家は、たとえば、一ヶ月、三ヶ月、待ちなさい、といっても聞かない。
そんなに待てないという。
待っていても、今はないクイックでないネット端末を毎日たたきながら、
ああ、上がった、ああ、下がった、という。

振り返ってみれば、チャンスは年、数回もない。

マラソンでは、途中でスピードを上げてはいけない。

投資もそうだ。
尋ねることはいいが、叱られないようにしたい。

時期は来る。

今年は一回目の時期は過ぎた。

あわてる乞食はもらいが少ない

問題はそれだけではない。

相場はなんと奥が深いのだろう。

次に思い出したのは、和泉宗章の言葉であった。

やっていいことと、やってはいけないことがある。

それ以上にやってしまった場合・・・・

あわてる乞食はもらいが少ない 2 につづく
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